Sakura da soul singer

DiaryController

Taiji All Stars live @ shinsaibashi club QUATTRO

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今夜はTaiji All Starsのライブに来てくださってありがとう〜〜

超満員だったね!!!一緒に歌ったのは、Bird, COLDFEETからLori、松雪泰子さん、そしてSAKURAでお送りしました〜〜!!

とっても贅沢なライブだった!SAKURAも袖で楽しんじゃいました!!

みなさま、ありがとう〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2007/03/25

SAKURA、東京広尾のJICA地球広場で春休みライブ!!


トークと歌で聴くシンガーSAKURAさんのベトナム訪問 〜トークと歌&アフタヌーンティーでゆったりとした午後を楽しみませんか〜

日時:
3月31日(土曜)15時から17時
会場:
JICA地球ひろば カフェ・フロンティア
【地図】
主催:
JICA
「人を励ます音楽。たったひとりの人を元気にするための音楽。
 これまで出逢い、そしてこれから出逢うたくさんの人々の、
 それぞれにとっての『ひとり』のための音楽を作っていこう」
というSAKURAさん。
そのソウルフルな歌は、私たちを元気にさせ、
そして世界みんなの幸せに思いを馳せさせてくれます。

そのSAKURAさんは、今年2月、ベトナムにJICAの事業を視察にいかれました。
その模様はSAKURAさんのブログに詳しく紹介されていますが、
なんと! SAKURAさん自身から、ベトナムのお話を聴くことができることになりました。

SAKURAさんはベトナムで何を見、そして何を感じ、考えたのでしょう。
当日は歌も歌っていただけるとの事。みなさん、このチャンス、逃さず是非参加ください。

世界の人々や平和についての関心も高く、
それらを子どもに伝える活動もされているSAKURAさん。
きっと素敵なお話を聞かせてくださることでしょう。

当日はJICA地球ひろばのカフェ・フロンティアでアフタヌーンティーを楽しみながら、
お話を、歌を聞かせていただく予定です。

子どもから大人までお楽しみいただける内容です。
是非お子様も参加ください。


定員:
    50名

参加費:
    アフタヌーンティー代(コーヒーor紅茶、サンドイッチ、ケーキなど)1,000円

参加方法:
    下記問合せ先に電話、ファックスまたはEメールで、
    お名前、連絡先をお知らせください。

申込締切:
    3月30日(金曜)

問合せ先:
JICA地球ひろば 地球案内デスク
 担当者:地球案内人
 電話番号:0120-767278
 ファックス:03-3400-7264
 Eメール:chikyuhiroba@jica.go.jp

http://www.jica.go.jp

2007/03/17

FM 802 One More Night INCOGNITO X SAKURA

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Blue Noteに来てくださったみなさん!!今夜はどうもありがとう!!

SAKURAが高校生の頃から大好きだったINCOGNITOとライブを一緒にできるなんて、SAKURAはさっそくツアーT購入で一緒に“Still a friend of mine"を熱唱させていただきました!!SAKURAのセットでは、Blueyと「OhI,,,」をコラボしました!!夢のような一夜!!でした。

バンドも最高だったし、最近ずっと生バンドに飢えてたSAKURAとしては、ほんとうに幸せな夜でした!!

Blueyが掲げる”One Love"精神。メンバーは、ジャマイカから3人、シシリア島から一人、スリランカから一人、エジプトから一人、Blueyはもちろんインドから、ドラマーはブラジルから、、、。本当に多民族で、Blueyはそのことにとっても誇りを持っていました。

「毎日ニュースを読んで、なんて世の中だって思ってる人はたくさんいると思う。僕もその一人だ。だけど、世の中には、悪い根を持った人よりも、いい根を持った人のほうが多い。悪い事をする人はニュースになるから目立ってしまう、それだけのことなんだ。俺たちのようなone loveを願い善根をつんでいきている人間が、ニュースを作っていこう!!!」

私は「INCOGNITO初の日本人メンバー、SAKURAだ」と紹介していただきました。もったいない!!でもすごく嬉しかった!!久しぶりにハイスキルの人たちに囲まれて、フィラデルフィアや、N.Y.が恋しくなりました。いつかイギリスにも行ってみたい。そのときはBlueyが面倒見てくれるらしいです!!宜しくお願いしときました!!!

英語と日本語をつかって、あえて日本で音楽をやり続けている私。「マチガイナイ」の確信を噛みしめつつ、帯びしめつつ、BlueyがSAKURAのやってるライブのサウンドは「新しい」と言ってくれた事がとっても嬉しかったです。

ほんとうに気持ちのいい人ばかりのメンバーです!!人間力!!素晴らしい!!しあわせでした!!世界中を回ってるからこそ、垣根がない。「へえ、そうなんだ!!」って違いをおもしろがれる!!息子が大人になる頃には、日本も民族がさらに入り組んで、もっともっと寛容で、多種で、beyond colorのキャパの広い考え方が広まってくことを祈ります!で、行動しつづけます!!

みなさま楽しんでいただけたようで、嬉しかったです!!

SAKURAのミーハー写真、貼付けときます!!

one love!!

2007/03/16

関西電力「街の灯」、CMがさらに延長決定!!

みなさんに親しんでいただいてる関西電力のCMが一年間のOAをマークし、そしてさらに、このCMが延長になりました!!広告の賞もいただいたようで、嬉しいです!!

そしてもうひとつ、CMで流れているのが、山田優ちゃんのRayciousのコマーシャル。SAKURAはこの「Eye's on Me」の作詞を担当しました!!キュートな彼女にとっても似合ってる(自画自賛)!!!この曲は彼女のシングルとしてもリリースされたばかりです!

そしてまた話しは関電に戻りますが、関西圏以外の方!!こちらで30秒と60秒ヴァージョンが見れます↓↓

http://www.kepco.co.jp/media/cm/index_3.html

楽しんでね〜〜〜

2007/03/13

Grace Noteレーベル!!SAKURA interview

Grace Noteという女性のアーティスト中心のレーベルをされている後藤次利さんのインタビューが、Grace NoteのHPでアップされました!

超ロングな内容になったため、「全編」「後編」にわけてアップされることになります!!

音楽家にスポットをあて、音楽業界を志す人、シンガーやシンガーソングライターになりたい人のお役に立ちたいと思っていろいろがんばって答えてみましたっ!!

ぜひ遊びに行ってみてね!!

http://gracenote.cc/

2007/03/10

club Ikspiari live!!!!! 夜のライブ

夜の部に来てくださったみなさん、ありがとう!!

ほんとうに温かな拍手に包まれて、しあわせでした!!

SAKURAの歌、また何か変わってきましたか?昨日はコントロールしたいのに、コントロール不能、そして「こう歌いたい」と思うのに、出てくる自分の声や表現力が超自然発生的な状態!!私に何があったの!?って思うくらい

自分では素をだしてしまったライブでした。

私って、こんなだったかなあ〜〜〜。

お笑いの神様が降りて来た場面も、、、、。

みなさん楽しんでいただけてたら嬉しいです!!!

Ikspiariのスタッフのみなさん、そして菅野さん、ありがとうございました!!

2007/03/10

club Ikspiari live!!!!! Mama とkidsのpeace now!!!!!

みなさま、楽しんでいただけたようでとっても嬉しかったです!!!
今回はclub Ikspiariのほんとうにあたたかいスタッフのみなさんに支えられて、お昼の「mamaとkidsのpeace now」を楽しむことできました!!

このライブはSAKURAのこだわりで、50人限定で行いました!!

子供たちも小学生やベビーを連れたみなさんなどの参加で、とってもインスパイアされるものとなりました!!

平和の種をこの50人のママ(とパパも!)と子供たちが蒔いてくれると信じています!!

素敵な時間をありがとう!!!

2007/03/10

3月9日Friday 舞浜イクスピアリライブ!!

みなさま、千葉、舞浜イクスピアリの昼の部であるmamaとkidsのpeace nowは定員になったので閉め切らせていただきます!ありがとうございます!!今回はどんな対話が進んでくのか!?楽しみにしています!!

そして夜のライブは若干チケットがまだ残っています!!ぜひぜひ遊びに来てください!!今回は亮くんとSAKURAでしっとりと、そしてエネルギー満タンで伺います!!逢えるの楽しみにしています!!

open 18:30/start 20:00
Place Club IKSPIARI
出演形態 SAKURA

support member:
野口亮(guitar&live manipulation)
Price 4,500円 オールスタンディング、ホワイエにてポップフードを発売。
昼はmamaとkidsのpeace now!! 夜はライブ!!たくさんのみなさんおこしください!

遠方からの方にはホテルオークラの宿泊プランもご用意しています。

http://www.clubikspiari.com/

左上のメニュー(上から5番目)LIVE SCHEDULE→右上 NEXTのボタンで
3月のスケジュールを開く。
3.9のsakuraの詳細ボタンを押すと詳しく載っています。

お会いできるの楽しみにしてます!!!

sakura

2007/03/07

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム 「まとめ」

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最後の日に、SAKURAたちは博物館めぐりをしました。最終日に戦争に関連するものや、さまざまな革命家の軌跡の資料をみることができました。

そして最後にまたJICA事務所へ。

そこでベトナムJICAの所長とお会いすることができました。

感想をそれぞれに聴かれ、それぞに感想を伝えました。

そして所長がお話してくださったのは、、、。

ベトナムは、凶悪犯が少ない。そしてテロはまったくない。そして、今ベトナムに来て、かつての日本の成長期に立ち会ってるかのようだ、と。ポテンシャルのある人たちが多いから、うまくこの世界の仲間入りをさせたい。新しい法制度を浸透させることが大変だけど、インフラをもって、これからも経済成長を持続させてあげたい。

日本人のこのようなJICAの国際協力という活動、日本は軍事力があるわけではない、ではどうやって国として生き残るか?国際関係の中で生きるしかない。日本はまわりの国の援助(輸入)に頼って生きてる国であり、援助されないと、生きてゆけない。そのことを本国日本の人たちに理解していただきたい、そして「活動している日本人」がいることを伝えて欲しい。それが国益になる。戦後の日本に他国が技術を提供してくれて、裏方にまわってくれて、今の日本がある。そしてJICAのやっている国際協力は長い目でみると、国益になると信じています、と。

世界中の二極化は進むばかり。今ある日本の豊かさは「あたりまえ」だと思われがちだけども、どれだけの人がどれだけ協力してくれたのか?そういうの知らずに平気、なのではなく、今の自分の状況と密接に関係していることを日本の人々に気づいてほしい。

戦後日本の小学校に「脱脂粉乳」が登場した。これは日本の子供の発育を心配したアメリカの保険機関が給食にこれを登場させた、すなわちアメリカの援助だった。

「疫学研究」アメリカの援助で作った。今JICAがやっていることは似ている。

先進国がそうでない国に援助するのはあたりまえの話。

新幹線、名神高速道路、日本では「プロジェクトX」扱い。でも資金は世界銀行から来ている。世界が日本を助けた過去がある。

何十年ってスパンで見た時、みんなが豊かになることで、日本が豊かになるという考え方しか生きてゆけない。

ODA, NGOの中に日本の顔が見える。他の国と仲良くしていく。大きな意味でもそうだけど、草の根の協力として村の中にたったひとり日本人が入って行く。かつて「日本人がこうしてくれた」という記憶は一生残る。「人」と「交流」であれば記憶に残る。5年、10年、積み重なっていけば、大きなインパクトになる。日本の財産。それは国際協力である。

そう所長は語ってくださいました。

ベトナムの印象では、アメリカが勝ったわけではない。「ベトナムが負けなかった」という認識がある。もちろんアメリカにうんと頼るよりも、日本の方が同じアジア諸国ということもあり、日本の機関であるJICAがとっても大切にされ、頼られてるんだなあと感じた。

今回ベトナムの子供たちの施設や、小学校、中学校なども視察させてもらったけども、「私の名前は大山です。JICAで働いています」と大山さんが自己紹介をしたとき、クラスではどよめきがあがった。どの教室でも、将来JICAで働きたいと夢見る子供の多さに驚いた。JICAがベトナムでとっても歓迎されていてることと、JICAを大好きな子供たちがいること、国際協力に興味のある子供たちが多いことがとっても嬉しかった。



日本青年海外協力隊は、最初SAKURAとしては恥ずかしながら自衛隊に似たイメージがあった。井戸を掘ったり、クレーン車を動かしていたり。今回の旅の目前まで長靴持参で、汚してもいいスエットで挑むものだと思ってたし、泥に毎日まみれる覚悟だった。でもブリーフィングという勉強会で、色々と募集の資料を読み込むうちに、
「技術」と「専門知識」を持っていれば、誰でも応募し、国際協力ができることを知って、とっても驚いた。ある人は「日本人講師」として。ある人は、日本の楽器を教える講師だったり、自分の「特技」をシェアしていけるのが、このJICAだと思った。肉体労働だけだと思ってた私は少し今恥ずかしい。

SAKURAも引き続きJICAの今回のマスコミ派遣を通して出逢えた人たちと交流をつづけて、次は「ウクレリスト&歌手」として、色んな国に音楽で交流するために派遣されることを望んでる。その日が近いことを楽しみに、音楽活動、がんばります!!

出逢ってくださったみなさんありがとう!!

そしてこの超ロングJICAのレポートを読んでくださったみなさんありがとう!!

one love, SAKURA

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム 「ワクチン製造」その3

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そして視察後記念撮影。

このセンターは機械がまだ可動してないこともあり、新品の機材ばかりでした。日本からプレゼントされたものは、日の丸のステッカーが貼ってあると聴いたのですが、ほとんどの機材に日本からベトナムへとプレゼントされた証のステッカーが貼ってありました。

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム 「ワクチン製造」その2

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現在はその供給を輸入に頼っているベトナム。なので日本政府が「無償資金協力」にてこのセンターをつくりました。2004年9月から建設を開始し、2006年3月にベトナム政府に引き渡しを完了した、とっても新しい施設です。

日本がこれをプレゼントしたことで望んでいるのは、2010年麻疹抑制の達成に向けた基盤をベトナムが作ってくれることです。

WHO西太平洋地域事務局ではポリオ撲滅後、麻疹制圧を推進していて、それにもとづいて、1回から2回への摂取に変わりました。麻疹ワクチンを摂取する回数が増えるのに、未だに輸入に頼っていて、また先進国ワクチンメーカーがより高利潤のワクチン製造にシフトする感じがあり、今後引き続き安い値段で安定した麻疹ワクチンの輸入が懸念されています。

そして麻疹ワクチンの安定供給を実現するためと、必要なワクチン量の確保、将来的な保険証の財政的な負担も軽減するためにも、このプロジェクトはとっても重要になってくるのです。

まだこの機材類は試運転&点検の段階です。そのオペレーションを指導するために日本から数人の技術者が滞在しています。

鶏の有精卵からembryoをとりだして 麻疹ウイルスを植え付ける。検疫を作る。これを−80度で保存。瓶づめしたものとして、年間75万本を作るのがゴールです。ひとつの瓶で10人分のワクチンが入ってます。

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム 「ワクチン製造」

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そして最終日、いよいよ「麻疹ワクチン製造技術プロジェクト」がおこなわれてる場所を視察しました。

写真は毎日新聞記者の中川さんとSAKURA。給食当番ではありません。

麻疹のワクチンを作る技術をベトナムの人に伝えるために日本が建てたセンターを視察に来ました。全員白い服を来て、ドアをいくつも通過し、「なるべく無菌」にするための努力をして、センター内を視察です!

WHO(世界保健機関)の基準に見合うワクチンを自国生産(ベトナム国内)で作れるように、たくさんの機材が日本から送られ、ここにそろえられていました。

麻疹ワクチンは、今年から2回摂取になりました。麻疹はまだまだ深刻な病気で、麻疹でなくなる子供も多いそうです。

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム 「ベトナムコーヒー」

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そしてそして私たちは次の朝、またハノイへ戻りました。

ベトナムにいるあいだ、とっても楽しみだったのが、ごはんの時間です。屋台みたいなお店でごはんを食べたり(店はほんとに汚かったし、テーブルはベトベトだったけど)、ラーメンは超美味しかった。ついつい「かえだまできますか?」と聞いてみたところ、快くやってもらえた!!あとは奇麗なレストランも行きました。

もちろん女子が大好きなスイーツもたくさん食べてきました♪

と〜っても不思議でハマったスイーッが、この写真の「ココナツしるこ」みたいなデザート。SAKURAは温かい物が大好き!!「氷は水道水をそのまま凍らせてて危ないのでバツで!」と言われてたのもアリ、このあったかいデザートに夢中になりました!!

まるでかまぼこのように切ったお餅が入っていて、そしてピーナッツ(煮込んでやわらかいもの)が入ってて、なんとっ!!この茶色いのはキクラゲ!!が入ってて、これが暖かいココナツミルクで煮込んであったんです。「どうなの!?」と最初思ったんだけど、このキクラゲがまたコリコリしておいしいっ!!家でも試してみたいとおもいます!!

そしておいしかったのがベトナムコーヒー。ここではミルクのかわりに練乳で飲みます。ココアとコーヒーの間のようない〜い味で、カフェモカ?な感じでしょうか?

それ以外ハマったのが、冷たい飲み物なんですが、シェイク類です。意外だったのがアボカドとフルーツをミキサーにかけた飲み物。お肌によさそう!!さすが畑のバター!!でも甘くてもおいしかったのがサプライズでした!!これも家で作れそう!!

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その10

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そして楽しい宴もおわり、JICAのみなさんも各自ホームステイ先へ。道はもちろんまっくらなので、竹のつつで発電させる懐中電灯を永井さんが貸してもらいました。
プッ。なんでも手作りだ!!

SAKURAと通訳のツィーさんは、かやをつけてもらい、おふとんに潜り込みました。小さい頃やってたまんが「フローネ」を思い出してました。ツリーハウスで眠ってるような、キャンプしてるような、とっても素敵でワクワクする感覚でした!

モー村のホームステイ、素敵でした〜〜!!!

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その9

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そして村長さんのお家で晩ご飯!!瓶に入ってるのはバナナを焼酎につけた「バナナ酒」です。村長さんは「モッチャ〜ン」と2分おきくらいに乾杯しようと上機嫌です。SAKURA以外はみんなお酒が弱いってことで、SAKURAは積極的にモッチャン!がんばりました。以外と甘くて、とってもおいしい焼酎でした!!

お料理は鶏肉や豚肉、竹の子の発酵させたすっぱい煮物(これが美味しかった!!臭いけどくせになるの!!)ちなみに今回同行してくれたJICAの永井さんを見てると、お肉をゴムをかじるように必死に噛んでました。このへんの動物はみんな放し飼い。ゆえにお肉になってしまう子はみんな筋肉質で堅いそうです。SAKURAはひたすらナンプラーの美味しいスープと米と竹の子をリピート!リピート!!そして「モッチャ〜ン」としてきました。美味しかった。

村長さんに色々と話を聞いてみました。

もっと子供が欲しかったけど、ベトナム政府が2人しか子供をもっちゃいけないって制限してるから、と言っていました。お二人のお子さんは成人していて、結婚しています。

「子供が5人くらいほしかったなあ、そうしたらもっといい暮らしができるのに」と言ってた村長さんの言葉に一同日本組は「?」

「日本だと子供がたくさんいるほうが生活が大変なので、子供を持たない人が増えてるんですよ。」と伝えたところ、

「子供が多ければ多いほど、畑を手伝ってもらえるし、みんなで手分けするとしごとが早く終わる。」と言っていました。子供たちは遠くの学校まで歩いて通い(車の通れるような大きな道路はありません。)、帰ってくると遊びの一環として畑仕事を手伝ったり、ごはんの手伝いも遊びの一部のように手伝うらしいです。

基本的に村でやっていることは、タイシルクみたいな民族衣装や、刺繍したものを女性が作り、観光客に売ってるそうです。各家が畑を持っていて、基本は米を自分たちが食べる分だけ作る自給自足らしい。おとうさんが畑仕事をして、近所の人たちが「今日はこの人の畑、明日はあの人の畑」とお互いの畑を手伝い合って作業するらしいです。もみのついたままの米をしまっておいて、その日に食べる分を石臼を使ってもみを取り、それをさらにおおきな竹のざるでモミと米をわけて、ごはんを焚く。その石臼をまわさせてもらったのですが、もみがとびちり、それを放し飼いの鶏がつついて食べてくれる。なんとも素敵な風景でした。SAKURAのおじいさん、おばあさんは無農薬の米を作ってる人たちです。自分たちの食べる分以外は農協におろしてたりするから、納屋に大きなトラクターや機材があったりする。でもこの村では水牛がトラクターの代わり。おおきな機材の代わりに石臼。将来SAKURAも農業をする日が来るかもしれないだけに、農法や、奇麗に手で田植えされた稲穂には感激しました。

2007/03/03

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その8

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ごちそう作ってくれてます!!

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その7

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村長さん家の晩ごはん作りの風景です。SAKURAたちのためにたくさんの食材を使ってお料理を作ってくれました。

そして数年前から電気も通って、灯りをつけたり、電話があったり、テレビもあった!!ほんとにプリミィティブな生活をしているのにテレビがある不思議。
アオザイ&圧塗りの歌手がいっぱい出て来て演歌ちっくな歌をうたってる。

テレビがあるっていうことは、世界中がどうなってるか、知っているということ。
でも「今の暮らしがサイコー!!」と全員言っていました。多少不便でもこの暮らしが一番いい!!と笑顔で言ってました。

朝起きて、畑に出て、水牛をつれて農作業をする。

暗くなったら家に帰ってくる。

テレビを見る。

近所の人が来たりして、話をする。

お酒を飲む。

寝る。

朝が来る。

雨なら畑をおやすみして家でゆっくりする。

そうです。私の人生ってなんだろうなあ〜って。何を急いでるんだろうな〜って。
思えるくらい時間がゆっくり流れる場所でした。

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その6

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今度は新聞記者の中川さんのホームステイ先をたずねました。

ここのお子さんはまだ小さくて、2年生?くらいでした。でもやっぱり体格は日本の2年生よりずっと小さく、ようちえんの年長さんくらいの大きさでした。この村に関してもやはり子供発育は注意深く見守られているらしいです。

JICAとこの村との関係性は、JICAがきれいな水をくみあげるお手伝いをしたそうです。おかげで、この村では比較的安全なお水が使えます。

ちなみにSAKURAはシャワーにチャレンジしてみましたが、お母さんが熱湯の入ったやかんをもってきてくれて、「たらいに入ったお水を適温にしながらあびる」というとってもベーシックな入浴方法でした。震災の頃を思い出したなあ〜

でも震災の時は、恥ずかしくて言いにくけど、一週間に一回、被災者用に開け放たれた神戸の山奥のフルーツフラワーパークの大浴場でした。被災後初めて入ったお風呂が、未だに忘れられません。湯船に毎日つかれるお風呂に毎日入れるって、日本人でよかった!!お風呂、大、大、大好き!!!でもこのベトナムのおふろも、なんかワイルドでよかったですよ!!

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その5

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そしてキッチンはなんと部屋の一角に!!このようにいろり?スタイルでした。ここでみんなは起用にお茶を沸かしたり、暖をとったりしていました。家の中は温かくてとっても気持ちよかった。

ベトナムは南国のイメージが強かったけど、ハノイは北の方。日本と同じような温度でした。

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その4

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JICAの大山さんのステイ先のお家にもおじゃましました。

ここはこのピンクのシャツのご夫婦と、黒髪がとってもきれいな娘さんが住んでいました。ここの家は新築で、全部木でできているのですが、家具はおふとんがいれられるチェストみたいなもの以外はなにもない広い板張りのお家でした。

「服とか、本とか、そういういわゆる物はどこにしまっているんですか?」

という質問に

「ものはあまりもってません。大体こんな感じで暮らしてます」

と言っていました。

娘さんが長い髪をなびかせて窓際でずっと立って何かを見つめていました。私たち大人が話し込んでいた40分間ほどずっと。

「娘さんの年頃の人は何をして遊ぶのですか?」

と聴いたところ、お友達とおしゃべりしたり、お家に行ってお話をしたりするらしいです。私なら、40分間も、窓の山のほうを見つめ続けるなんて退屈でできないと思いました。でもこの村の人はそうやって窓際でぼーっとすることが日常みたいで、なんか素敵だと思いました。

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その3

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深い緑に囲まれたモー村。山を切って作った米の田んぼがだんだんになって、とっても幻想的な村でした。小川があったり、バナナの木がそこら中に生えていて、霧の深い日だったこともあって、日本昔話にでてきそうな村でした。

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村 その2

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ここが村長さんのお家です。モー村のお家のスタイルはこのツリーハウスのような作りでした。高所恐怖症のSAKURAはこのはしごの上り下りが最初怖かった!!すぐに慣れたけど、、、。

2007/03/02

JICA(ジャイカ)マスコミ視察として派遣!ベトナム モー村

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そして今回の旅でとっても印象的だったったのは、ホアビン省、モー村にお泊まりしたこと。ここは少数民族の暮らす村。SAKURAたちはここの村長さんのお家にホームステイすることになりました。

まずハノイから車を走らせること1時間半、モー村に到着です。

このおばあちゃんの着ている服は民族衣装です。女性は全員このいでたちでした。

2007/03/02

みなさんありがとう!

いじめの経験を語ってくれた人や、男性からの視点、コメントありがとうございました。そらは元気に学校に通ってます。心配してた嘔吐やふらつきや変ないびきなど脳に障害が残っているサインもなく、ほっと一安心なところです。ほんとに怖い出来事だったけど、このことをここに書くことで、JICAの旅の報告やpeace nowの写真などからみなさんも共に学びになればと思い書かせてもらいました。「私は関係ないもん」「だってあの子がこうしたから、私もそうせざるをえなかった」どれだけのエクスキュースを言って私たちは自分たちの弱い心、愛情の無い選択をしていく心をのさばらせているんだろうか、、、。私もたくさん考えさせられました。



「だって私は悪くない」

なんべん苦しい言い訳をしてきたことでしょう。

因果関係を見てみないふりして逃げきったかわりに取り除けない重みを抱えることになったことでしょう。

SAKURAも完ぺきな人間ではないけど、人をいじめたり、ひどいことは絶対にしたくないと心に誓って生きています。なんでかって?それは私が自分に厳しい人間だからでもみなさんよりも「すごいいい人」だからでもない。

「自分が苦しいのが嫌だから」「人を自分のせいで苦しめて泣いた顔をみたくないから」「自分がしあわせになりたいから。そのためには人もしあわせになってほしいから」「自分が元気がないとき、誰かからも助けて欲しいから。」

結局やってきたことは自分に返ってくる。これは消しようの無い事実。みなさんも経験済みだと思う。

小さい頃、髪の色が違うことや、内向的だったり、何をしても無反応だったせいで、たくさんいじめられたことがあります。がまんにがまんを重ね、それをママが知ったら苦しむからと、胸にしまった辛い出来事もたくさんあります。度が過ぎて、自分が対処できない状況になったときは、ママに言って助けてもらったこともたくさんある。私自身がいじめられっこで、子供同士のボスやパシリの関係が嫌いで、とっても孤立した小学校時代でした。でも今はそれがあったおかげで、ほんとうに弱い人や、苦しんでる人の気持ちをわかってあげられる自分になれたと思ってます。いじめていた子たちは、もののみごとに全員今、どこで何をしているかもわからないし、後々の人生、いろいろあったということを聴いたりして、「やっぱり人をいじめてた子は最後の最後には勝てない」ということも解りました。私がその子たちに言い返さずぐっと耐えてたのは、その子たち自身、家庭環境に問題がいっぱいあったということをわかっていたからだと思います。私には愛してくれるママがいる。だけどこの子たちはいじめて優越感をもたないと、自分を保てないんだということも子供ながらとっても感じていたことを思い出しました。私自身、パパザクラとママザクラが出逢うまでは、母子家庭でした。だからいじめっこの寂しい気持ちがすごく理解できた。でも私は嫌な思いをするたびに思いました。環境が似ていても、私は負けない。自分にも負けないで、絶対に幸せになってやる。使命感にも似た気持ちで生き抜いてきました。

中学に入って私は音楽を作るようになって、すごく変われた。何かひとつ自分がずっとやっていきたいものをみつけた感動は未だに忘れられません。

私はいじめられっこだったし、そのことで学校を変わったこともあったけど、でも今の人生と今の自分に満足しています。だから何かあっても、自分を主張すべきところでは、ちゃんと話しを伝えることができる私になれたと思います。恥ずかしいことに友達の気持ちを傷つけたこともあります。いつか会ったら謝りたい人もいます。答えはなんなのかわからないけど、生きて行くには、「その場その場の現場処理能力」がとっても大切なのかもと思います。それと、自分なりに落しどころをみつけて、時がたったら辛かった出来事も「燃料」に変えて自分がもっと高く飛ぶためのエネルギーに変えてゆける力にしていく工夫が大切だと思う。

人との関係、夫婦の関係、親子の関係。私の通っていた学校では「human relations」というクラスがあって、日常の問題をとりあげて、どう対処したらいいのかなど学習していくクラスがありました。今思うと、とってもそれが役にたっていた。それと、カトリック系の学校に通っていたのですが、そこの宣教師の牧師さんたちは、みんな垣根がなく「信心」を大きな観点でとらえながらイスラム教徒の子供や、仏教徒の子供たちも交えての大きな意味での「愛」と「人種間の協調性」を私たちはひとつのクラスにて学ぶことができた学生時代でした。だから私はこの宣教師の牧師さんたちである人たちをとっても尊敬しているし、ほんとうに感謝しています。

「だってあっちが悪いんだもん」「関係ないし」「誰かが解決してくれるでしょ?」の考え方がどれだけ幼稚で、ひとりよがりで、自分も相手にも隔たりをもたせるかを私は嫌なほどわかりました。だから私は小さな自分の生活や私を囲む世界から一歩踏み出して、戦争やいろんな問題をみんなに投げかけ続けている。「もっと外を見てみようよ、関心をもってみようよ」って。経験したことがなくても、「想像してみようよ」って。私たちが重い口を開いて語って行くことで、きっと誰かの役に立つことができたり、励ますことができる。勇気を持って語る人が増えてくれれば、、、。そう思っています。

反戦を伝えつづける事、それは私たちが人と人のレベル、国と国とのレベルの中でサバイブしていくゆういつの方法だと思ってる。「家族」その一点が大切だと思う。その連帯感の輪と和が広がって行けば、もっともっとたくさんの人を救うことができるのに、、、。そう思う。争うよりもがちんこで対話していくこと。勇気を持たなきゃ。いつもそう自分に言い聞かせてる。

いつか私の学んできたものが大きく大きく人々の役にたてることを祈って、私は私のできることをやっていきたいと思いました!!

ではでは、JICAレポートの続きを書こうっと!!!

2007/03/01